まだ心は此処に在るので 「誤解の無いように言っておきますけど。」 王泥喜は、自分を組み敷いている男の顔を凝視して小さく息を吐いた。 「アンタに逢いたくないって意味じゃありません。逢いたかったし、やりたかったです。」 王泥喜の言葉に嘘はない。証明するように響也の手首を掴んでいるのと反対の手は、久しぶりの手触りを秘やかに楽しんでいる。 「僕も逢いたかった。」 響也はそっと頬を摺り寄せてくる。そうして、何度となく貪った口唇に彼は唇を落としてくる。触れ合うだけの軽いものから、徐々に絡まりあう濃厚なものへと、接吻けは変わり、王泥喜も吸い上げるように答える。 「…ん…。」 こぼれ落ちる声も、久しく聞いていなければ媚薬も同様だ。ただでさえ、耳朶に響く深い声は、直接脳を蕩けさすが如く聴覚に訴えてくる。熱い、甘い吐息が漏れるたびに、思考が痺れていくのがわかる。 (やば…このままじゃ、話す前に流される) 覆い被さっている響也の身体を、いつの間にかしっかりと抱きしめながら、それでも必死に飛んで逃げようとする思考を引っ掴む。しかし、手繰り寄せると手放してしまい慌てて手を伸ばす、そんな事を繰り返していれば、何度目か、接吻けが途切れた僅かな隙間に、響也が顔を放した。 その、濡れた碧い瞳。浮かされた熱が、涙になって潤みを目尻に溜めている。 (く……そっ……! このままじゃ、だめだっ…!) 『無駄な抵抗』の域に達しそうになっていた王泥喜が臨界点を突破する寸でのところで、いや既に崖っぷちにつま先立ちをしている状態で、細い腰の形を確かめながらなで上げていた手を押し留める。 そして、王泥喜は快楽の奈落にダイブしなかった自分の精神力を褒めた。 「此処って、一泊幾らなんですか?」 息も絶え絶えに聞いた王泥喜に、渋々響也が口にした代金は、王泥喜の家賃を軽く凌駕する。 さっと冷静さを取り戻し、吐き出されるのは溜息だ。 「…割り勘にしたって払えないじゃないですか。」 「払わせるつもりなんかないよ。僕が…「俺も逢いたかったって言いました。」」 聞いてましたか? 王泥喜は響也の高い鼻を親指と人差し指で軽く摘む。ふぎゃと小さく声を上げ、引こうとすれば、きゅっと力を強める。お仕置きがしたい訳ではなく、こうしていないと響也が逃げてしまうからだ。 「俺にもなけなしの自尊心って奴があるんですよ、牙琉検事。」 「自慢じゃないが、僕にもあるよ!」 鼻を摘まれたままの声は、ちょっと可笑しくて少し涙声に聞こえた。 「どうしても男とヤリたくて、ホテル予約したとか。自分でも引いてるよ。」 ふてくされた声を聞いていると、自分が怒っている事自体が無意味に思えて来て、王泥喜は鼻を開放して、鼻梁に唇を当てた。 ぎゅっと摘んでいたせいで、褐色であるはずの色はもっと赤味を足している。例えれば、胸元や首筋を飾る淫猥な痕のような色だ。そんな事を考えただけで、先程のまで高揚感は容易く王泥喜の中に戻って来る。 体重を支える為に王泥喜の両脇に置かれた響也の腕を良いことに、肌蹴たシャツを掴み、丁寧な仕草で釦を外していく。急に態度を変えた王泥喜に抗議するように、ぺちと額に当たったペンダントは、苦笑しながら取り去った。 「…おデコく…?」 緊張の混じった声が耳元を掠めた。ああ、駄目だなぁと王泥喜は思う。 こんな声を聞くと、感じているだけの声が欲しくなる。響也の感情が、ステンドグラスみたいな欠片で出来ているとしたら、全ての欠片を自分の色で染めたい。 独占欲が強いのだと知ったのは、響也とつき合いだしてからの事だ。だからこそ、響也と自分の間には、確固たる境界線を引いておきたい。情欲に溺れているのならまだ良いが、そんな生温かな感情でないことを王泥喜は知っている。 感情に流されて歯止めが利かなくなってしまうと、平気で監禁とかしでかしそうだ。 …犯罪でしょ。それ。 苦笑する思考を放棄する為に、露わになった褐色の胸に色づく朱の果実を潰すように摘まみ上げた。薄く開かれた口から音が出ていたが、良く聞き取れなかった。肩の上に置かれた響也の掌がシーツを掴んで震えている。 〜To Be Continued
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